AnotherVision Countdown Calendar 2020

AnotherVisionメンバーによる"Countdown Calendar"を2020年もお届けします

サイコパスのはなし

こんにちは!7期のみーやんです。

 

2020年は、ナゾトレS2-2巻最終問題、ゴールデンカムイ謎解き、アケ_テ(監修)、全体コンペなどの制作をしていました。
監修だなんて、自分にも後輩ができたのだなあとしみじみ思ってしまいますね。

ここ1年の自分の中での流行りはマーダーミステリー*1です。裁くもの、裁かれるもの/注文の多い理想郷(イーハトーブ)*2/沸騰のロマネスカ/モブXの4作が特に面白かったです。オススメ。

 

ところで、最近とても不服なことがあります。6期サイコパズ*3の皆さんからサイコパス認定されるんですね。
きっかけはとても些細なことで、Discordで雑談していたときにみんなでサイコパス診断をやっていたら私だけ綺麗に引っかかってしまったんですね。いや、だって現実的に考えたらそういう答えになるじゃん?サイコパスなんじゃなくて現実主義者なんですね。

 

まあそれはそれとして、日常会話でサイコパスという言葉を使うとき、大体の人はアバウト「感情の一部が欠如している人」として定義していると思います。便利なので、この文章でもそう定義しましょう。
最近思ったのですが、みなさんは、他人をサイコパスだと指摘できるほど、本当に感情を持ち合わせているのでしょうか。

 

前述したマーダーミステリーでは、マーダーという通り、当然人が死にます。そうすると、死んだ人が恋人だったり*4、親友や家族だったりすることもあります。
RPといって、キャラクターのなりきりを重視したプレイスタイルをする場合でも、物語の登場人物と自分との距離をつめて共感するタイプであったとしても、多くの場合、私たちは結局は悲しみを掴みきることはできません。真の意味でそのキャラクターになりきったり、共感することはできない。

 

これは何に起因するのでしょうか。

 

理由はいくつか考えられると思います。
1つは、結局は当事者ではないから。知らないことが多かったり、どうでもよかったりするからです。

そして、もう1つは、自分でそのシチュエーションや感情を体感したことがないから。その感情を持っていないからです。

 

私は『平家物語』という古典作品が小さいころから好きなんですが、長いのですべて通して読み返すのは数年に1度だけなんですね。そうすると、読み返すたびに好きなお話が変わります。ぶっちゃけ小学生のときなんて感情の機微を理解してなかったので、揃えと呼ばれる戦いの参加者リストや勇ましい戦いの段が一番好きでした。

中学生、高校生、大学生と読み返すたびに好きな段が変わっていくのは、読み返すまでの間にたくさんのことを体感して、知っていること、理解できることが増えていくからなのだと思います。
高校生のときに打ちのめされた話を小学生の私が読んで全く何も感じなかったということはなくて、こういう場面では悲しいのだろうな、つらいのだろうなということはわかるのです。共感と呼ばれる心の動かし方もしていたと思います。というかしていると思っていました。
それでも後の私から見たときに、その共感は共感であると呼び切るのに十分なものではなかったのです。

 

マーダーミステリーでの死への悲しみを堪能し切るには、

①大切な相手に向ける感情

②大切な相手が失われたときの感情

という2つの感情がどんなに雑に見積もっても必要です。とても能動的な人でも、これらに類する感情を組み合わせるなどしてこの感情を作りだすという想像力を必要とします。

別にこれはマーダーミステリーに限った話ではなくて、様々なコンテンツを摂取したり、なんなら日常生活を送るときも変わりません。

大切な人が死んでしまった。夢が叶った。心血注いだ努力が実らなかった。好きな人とふと目があった。私たちはこれらに共感しようと思ったときに、心の中で思い描くものを持っているでしょう。

しかし同時に、ある種の感情を持っておらず十分に思い描けなかったとしても、そのことに必ずしも自覚的ではないのです。

 

私たちの世界はいつだって私たちが持っているものを通してしか知覚することはできません。

 

あなたは、本当にサイコパスではないのですか?

*1:推理小説のキャラクターになりきって、犯人を捜したり、犯人なら逃げ切ることを目指すゲーム

*2:初心者にもお勧め。制作されたOfficeKUMOKANAさんのシナリオは良作揃い!

*3:有機さんととんれんさん

*4:https://avcc2020.hatenablog.com/entry/2020/12/12/230706